根が深い。

自己愛を手なずけたい人へ。

暇ではないのだ

人を諦めたくないというのが基本方針で、良い方へ良い方へ、解釈する。信じやすいのかもしれない。

ひどいことを言われても、「ペットが死んだのかな」「ひどい言い方しないと聞いてもらえないと思ってるのかな」「周りからそういう言われ方しか、されたことがないのかな」「体調悪いのかな。つうか生理かな。」って。

 

最近は「そんな深いこと考えてねえよ」って思えるまでのスピード、まあまあ上がってきたよ。

人生は有限なのだ。興味のない人に心を割いていられるほど暇ではないのだ。

Apple Watch

Apple Watchなんて作れなくてもいい。ジョブズになんてなれなくても、いい。今日を一生懸命生きられるなら。

 

Apple Watchを身につけて、優先座席にカバン置いて席を譲らないサラリーマン。目の前にいる。

 

Apple Watchの背負った世界観の重さを知る。身につけた者の軽さを世界に思い知らせる。

 

世界観ってすごいな。

危なかった

いつもブログの記事をバックナンバー一覧としてツイッターの鍵アカウントでツイートしてるんだけど、間違えて普段つかいのほうでツイートしてしまった。急いで消したけど。ふいー。

 

もしこのブログがオープンリーになりそうになったら、全て閲覧不可にして、どこかへ引っ越そうと最初に決めていました。

最初から自分の独り言をグルグル吐き出す場所だったので。

 

急に記事が全て消えたら、そのときはまたどこかでお会いしましょう。

歌います

自分が企画運営サイドを担当する本番は、この半年でいくつかありましたが、パフォーマンスサイドを担ったのは今年の5月が最後。

 

そろそろどこかで歌いたいなと思いつつ、地元にはフィット感のある団体がありません。県外に行くには予算が。自分で団体を立ち上げるのはちょっとしんどい。

 

そんな矢先。大学時代の音楽の師匠から連絡が。年末の第九で歌うメンバーが足りないらしい。知り合いで乗ってくれる人がいないか、探して欲しいと。(第九というのは、ベートーヴェン交響曲第9番だよ)

 

練習19時からだし、練習場所職場から近いし、ええやん。しかもほぼ毎週練習ある。参加者にシニア多いからかな。第九、学生時代に歌ったことあるし。

 

私乗りますと、お伝えしトントン拍子。なんと、初回練習にオーディションあるらしいじゃないですか。今週末じゃないですか。そういえば学生時代にもやったな。

どうしようもなく下手な人だけ落ちるオーディションらしいけど。人前で自分だけを見せるってのは久しぶりで緊張するなあ。好きな歌だから、まだいいけど。しっかりアドバイスもらえるよう頑張ろ。

 

つうわけで、地元の歌イベントに参加します。毎週歌えるやったー。早速楽譜買った。f:id:udnishida:20170823142230j:image

きつい仕事

職場の悩みのほとんどは人間関係だというのはよくある話。仕事自体が身体的に精神的につらいってのは、それに比べるとレアですが、これもまた真なりと思う

 

危険な環境で身体、生命を脅かされる恐怖

人生の大切な局面に携わることで感じる重責

仕事の専門性に比例して感じる孤独

 

私の仕事は、具体的には書けないけど、誰かの人生を再生する作業の一部です。過去を整理して、仕切り直すお手伝い。

 

局面局面に痛みが伴います。でも長い目で見て人を助ける仕事なんだから、と思うと集中して向き合えます。

 

子どもが泣き叫ぼうと、予防接種の注射を刺す医者。

肋骨が折れようと、心肺蘇生のために心臓マッサージをする医者。

そんな気持ちです。

人から可哀想と思われること

自己評価と他者評価の乖離は不幸の一つの形だと思う。もう一歩手前に、こう思われたい私と、そう思われてないであろう私の乖離という自己完結型の不幸があると思う。

 

土曜のひよっこは、よかったですね。

 

行方不明になった父の代わりに上京し、自立して生き、星に語りかけちゃったりする、茨城出身の主人公。

親不孝に生き、星に語りかけちゃったりする主人公を茶化し、主人公の境遇に哀れみを感じる同い年の東京の女。

東京の女は、主人公から叱られます。「自分で決めていくことを自由と呼ぶのであって、今の境遇を可哀想と言われるのは心外である。」

 

一緒に上京してきた幼馴染は、主人公の達観に驚き、そんなこと考えてたのけ?と方言で。

 

田舎生まれのおっとりした娘の中にだって、自立した人間性は育つんだよ考えてんだよってことを、ずいんずいん提示してくれた回でした。

 

日々の生活で、選択する決める習慣を持っておくことは、豊かさのキーの一つですね