根が深い。

自己愛を手なずけたい人へ。

飲んで歌って

本番に向けて、朝から夜までリハーサル。

今日は、オフにした。大切な人に会って、素晴らしい演奏を聴いて、満たされた。

 

2日前から飲んで歌って、睡眠時間が3-4時間なので今日はもう寝る。

 

コンサート開催については、想像を絶するトラブルが幾つか起こってますが、悩んでも仕方ないので、おーし!そう来なくっちゃ!と前向きだぜ。開き直り大事。

 

おーし!

いざ!

福岡についた。早速忘れ物に気づいたけど致命的ではなかった!セーフ!

 

昨日はなかなか寝付けず、ちょっと風邪っぽかったので、もうこの世の終わりかというくらい心配して、今日もなぜか朝は二度寝して、ギリギリ新幹線に飛び乗った。

 

焦ると、わけもなく声が大きくなり、わけもなくテンションが上がってしまったり、自分の諸々が気になってしまう。自分のなかに不安があることを見つめてしまう。

 

そんなときは、すっと深呼吸。不安があることを受け止めて、自分は焦ってテンパってるよー!と心のなかで叫んだり、小さくカミングアウトする。

そして、自分を見つめない。状況を一瞥して、滅私してベストを尽くす。ああ、歌と同じだ。

 

よし。いざ!

まだ言えないこと

本番前だから、関係各位に伝えるには早すぎる言葉があって、でもいまの私の率直な気持ちとして書き留めておきたい。尊い感情。

 

‪今回の公演は、関係各位、多くの人に負担を招き、本当にみんなの満足いくものになるのか、今でも不安です。でも、お客さんは間違いなく満足してくれると確信してる。みんな、ビービー言ってたけど、いいものを作りたいという想いを心の底から疑ったことは一度もない。

 

みんなのなかに様々な事情があり、もちろん生活のプライオリティで音楽活動が必ずしも一番でないのはわかっているけど、そんな中でそれぞれが用意できるベストを提示してくれることだけが私の唯一の願いです。

 

そのためにずっとやってきた。ギリギリまで足掻いて、あとは天に委ねようと思います。

 

みんなの全てが、すさまじく発露することだけを望んでます。

まもなく本番

ここ数日は、借りた本もろくに読まず、今週末に迫るコンサートの準備をしてました。

 

トラブルを考え始めると無限に不安になるから、そんなときは落ち着いてお茶を飲む。コンサートプロジェクトメンバーに相談する。よしよし、落ち着いてきたね。仲間に救われる。

 

今の私に必要なのは、人から必要とされる感覚なんだと思う。単純にそう思う。人って、まず自分だ。自分の中に住んでる自分のファンを大切に育てていく。

 

「やることはやった。これで何か起こったら、もう笑って乗り越えよう」と思える境地を何度か経験したことがある。爽やかな諦め。開き直り。自分の視野いっぱいに広がる世界を抱きしめて、心身が爆発四散。狂喜乱舞。百花繚乱。

 

命が輝くぞー!って確信が、時間を美しくしてくれるのかね。

 

今回の旅を終えたら、次は、、次はステージの予定はない。お金がないから。お金があれば、次々いける。いけるかな。いきたい。

 

自分に聞いてみるよ。「なんの制約もないとしたら何がやりたい?」そうやって少しずつ、自分に油をさす。

 

本番前らしい緊張感だ。

実家に帰った日のこと。

大学時代、一番お世話になった先輩が帰省されるそうで、今から焼肉!

 

昨日は、ふと、東京から実家に帰ってきた日のことを思い出した。思い出したといっても、はっきりした記憶があまりないのだけど。

 

なんか、その前日、職場から出るときに「もう二度とここに来ないような」予感がしたんだよね。本当は毎日してたのかもしれないけど、憎しみと恐怖にまみれた感情がつきぬけてた記憶がある。

 

実家に帰る日は、その日の朝は、帰るつもりなんてなくて、寝る直前にゲーゲー吐いたから、これはまずい。と思って、予約してすぐいけるメンタルクリニックに行くことにした。

 

職場にも、朝、電話で病院に行くとだけ伝えた。

 

病院にいって、話をするほど自分の感情が岩のように硬いもので覆われていることに気づいた。ふとしたはずみでゴーゴー泣いて、診断を受けた。

そのまま最寄りの駅でコーヒーを飲んで、メールで職場に休職を伝え、新幹線の席を予約した。

すぐ家に帰って、荷物をまとめて、東京の友人に伝えた。その友人には「辞めた方がいい」とずっと言われてたことを、その時になって初めて、ふと思い出した。

 

友人は、社外の人とミーティングと嘘をついて最寄りの中華定食屋まで出てきてくれたので、2人でビールを飲んだ。

 

この日から退職まで1ヶ月あって2回東京を訪れるのだけど、毎回大切な人に会って、自分のなかのヒリヒリしたカサブタみたいなものが、剥がれて血を噴き出し、血を拭いて膿んで、またカサブタになる。そんなこんなで、誕生日を迎え、思い立ってブログを始めたんだった。

 

先輩には、無職とは言ってるけど、鬱とは言ってなくて、まあ伝えなくてもいいかな。そんな気がする。焼肉はおごってもらえるらしいので、ほんとうに楽しみで仕方ない。ふはは。

『なぜあの人は平気であなたを傷つけるのか』(春日武彦/著)を読んだ

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端的に言って、驚異的な文章。内容はもちろん、こんなすごい文章を書く人を発見できただけでも嬉しい。

 

昨年出版。これを書かれた時、65歳。知的で大きな器。カラッとしたテンポで湿度の高い言葉を選び、それがどこか素っ気ないのに配慮があって、あっという間に読めるから痛快。こりゃぶったまげた。

表紙からは想像もできないほどの爽快感に見舞われました。

 

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私はこの本に、加害者の心理構造理解を求めていたんです。淡々とした解説を。そしてそれは見事に叶いました。

 

期待を大幅に超えて面白かったのは、「人を攻撃することの根の深さ」や「加害者の持つ、心の弱さ」をしっかりと説明した上で放たれる、攻撃そのものへの全面的な否定。むごたらしいくらいに、攻撃者をこき下ろす筆者の姿勢。なんの躊躇も無駄もなく、美しいとさえ感じた。

 

・そもそも攻撃とは何か

・加害と被害の意識は同居する

・対象の選定に大した理由などない

と、経験と知見を織り交ぜて解説したと思いきや、一人一人の読書の中に居るであろう絶対的加害者を適確にあげつらってボコボコにけなすことで読書の自尊心を優しく背中から支えてくれている。

それは単に痛快であることを超えて、自分が攻撃された記憶への追想を促し、攻撃者への想像力を強く掻き立てる。

 

そして最後に読書が講じるべき対策をいくつか紹介している。私が心に残った二大対策をご紹介したい。

 

1.個別化する

2.パターン化する

(他にも「居場所をもつ、餌を与える、正気を保つ」などがあった。ぜひ本を読んでほしい)

 

1.個別化する

相手にしっかり向き合うこと。私が好きなやつ。しかし往往にして、攻撃者の根底にある救いようのない毒が、歩み寄った側である私たちの心理的視野いっぱいに拡がり、「加害者の被害者意識や晴れない気持ちに寄り添ってあげたい。人間としてのありざまを肯定してあげたい。けど結局潰れる」という展開に陥りやすい。まさに私。

 

2.パターン化する 

相手をパターン化して、「はい、こいつやっぱりクズ」と処理し、攻撃すらも観察することで痛みを低減するもの。

「はい、やっぱり来たー!」と相手の動きを予測する、一歩引いた冷静さや、皮肉さを用いた対策。罠に掛かっているところを助けた犬が、動けるようになった瞬間に噛み付いてきたとしても「あー!分かってたよ!お前みたいに育ちの悪いクソ犬は、そうでなくちゃな!」くらいに思うという展開。

 

この相反する2つの思考展開は、傾向があるそうで、個別化しやすい人は意識してパターン化したほうがよいらしい。逆の傾向もまた然り。

 

この本の良いところは、まず1つ目は、加害者の心理構造の根の深さに言及して理解を示すため、加害者に想いを馳せる余裕を説教臭くなく与えてくれること。

2つ目はそれでいて、今この瞬間の(コミュニケーションを目的としない、理不尽な)攻撃を無効化する作法を指南している点にある。

この思考の両立が可能であることを、この一冊が体現している。

 

ある意味、心の五輪書みたいなもんなんじゃないか。

 

大興奮で、引き続き、春日武彦氏の書籍を2冊も図書館で借りた。楽しみだ。調べたら小説も書いていらっしゃった。これも気がむいたら読んでみよう。

メタファーの持つ魔力

モノマネが持つ不快感というのがある。モノマネされたことがあるなら、わかると思う。そのモノマネ芸がウケないと、本物がスベったような感覚がある。

 

いやそれ以上に、自分の預かり知らぬところで自分が評価されているような。自分の印象なんて、もはや他人にしか形成できないのだと、わかっている。

だから自分は、自分で自分を認めていけば良いのだとわかっていても、反射的な気持ち悪さはある。それはそれ、これはこれ。

 

モノマネは面白い。メタファーには魔力がある。

 

そのベスト、釣り人みたいですね!

この蕎麦、押入れの味がする!

 

メタファーには、痛快さと滑稽さがある。

そして陳腐さがある。

 

はあ。いい本を読むと、文が書きたくなるね。