読みたい本から自分の求めているものを知る
図書館へ行ってきた。
昔から話が抽象的だと指摘を受けることが多かった。好きな本も概念に関わるものばかりだった。けど、今日は珍しくエッセイや、日記集のようなものを読んだ。
うつ病の人の発症から、治療、回復、再発。そして現状を記したもの。
精神病棟で人生のほとんどを過ごした人が、関わった人を観察した手記。
若くして失職し、セックスワーカーを検討するも断念して生活保護を受けて生活する女性の話。
末期ガンを宣告された老人と、それを看取った家族の物語。
などなど。
どれも、かつての自分であり、いつか訪れるかもしれない自分である線を感じた著作を選んで、読んだ。
いろんな人の、いろんな瞬間に対して共同体感覚を持ってみようと試みると、ダイブしやすい話と、しにくい話があることにきづく。
特に、うつから復帰して、しかしまた再発した人の話。そして再び学んで今は安静している話。ググッと読みいった。
文字に起こせないほどの深い焦燥や葛藤と対峙しながら、地道に一進一退したのだと想像する。
私は、この深い焦燥や葛藤を無視してはいけないと思う。「人に見せられるようなものでないから、自分の意識にも存在してはいけない」という不寛容を取り払い、生々しい戦いを大切にしてこそ生きていると言えよう。