根が深い。

自己愛を手なずけたい人へ。

辛酸ナメナメの階段を駆け上がる。

法律系の事務所に来ている。

 

深い茶色の、木目調の机には、フカフカのキャスター椅子が4客ささっている。長方形ではなく、その長辺は緩やかな膨らみを描いており、真上から眺めると大樹がまるまると豊かに育ったように見える。

 

机の上には透明の分厚いゴムのシートが敷いてあり、机とシートの間には、守秘義務に関する記載と「隠さず全部相談しないと、むしろ困ったことになる」という旨が記載された紙が挟まれている。

 

木目は恨めしくこちらを見つめているように見えた。

 

もう約束の時間から10分が経過しているではないか。「時給は1200円で営業ノルマ無し。時給は1200円で営業ノルマ無し。」頭の中で呪文を唱えていると、左の頬がピクピクしてきた。緊張している。

 

約束の時間に15分遅れて、その男はやってきた。先に名乗らなかったのが最初で最後の抵抗である。齢40ほどのこの男は、ツヤツヤしたリーゼントだった。生きた時代が違いすぎる。

 

土日祝もシフト入るけど大丈夫?

シフトは9〜17時か、10〜18時。希望ある?

保険とか無いけど大丈夫?

配属部署、女性しかいないけど大丈夫?

時給1200円だけど大丈夫?

 

全てに「全く問題ないです」と答えた。本当に全く問題ないのだが、少し無機質かなと思い、「あーはい、全く問題ないです」「なるほど、全く問題ないです」「大丈夫です、全く問題ないです」と、全く問題ないのバリエーションを沢山出し続けた。

 

問題は常に現場にあるのだ。極端な例を除いて、重要なのは労働条件ではない。それを想像して、左の頬がピクピクし始めている。

 

「いま、女性10人いて、採用になった場合は男性が私だけになるが大丈夫か?」という質問だけ、3回もされたので、過去に女性だけのチームで通算3年間勤務した経験があることや、上司が女性だった期間が長いことを丁寧に説明した。

 

ムクムクムクっと、不安の種が顔を出す。イヤミなクソババアが居たら?シフトの希望が通らず、大事な予定をキャンセルすることになったら?クソババアたちにシフトの変更をフランクに相談できるほどの関係を紡がなければならない?ランチとか一緒に食べに行くのかな?楽しめそうな気もするけどな?可愛がられる方向性でいく?同時にしっかり仕事も誰よりもこなす?もう口説いて一回抱いとくか?あー!!!!!!

 

不安は阻止できない。不安を乗り越えて平穏に到達するような経験を積みたいと思っているけど、覚悟が必要だ。

脳は環境の変化を嫌うが、脳は変化に対応する経験を積まないと退化してしまう。脳は、自身の退化を望んでいるのか?あー!!!!!!(2回目)

 

好きな時、好きな酒を飲み、好きな人に会っていた日々。ああ。ガマンガマン。辛酸ナメナメ。身の丈に合う日々へ。私は未熟者かい?あーそうかい。人生は短すぎる。ナメナメー!!!!!!

 

3回目くらいの脳内噴火を迎えたところで、面接は終わった。自分史は輝かしい時期ばかりではない。だからこそ面白いのではないかと思う…なんて思えるほどの聖人君子じゃないよバカ。

 

自分が世界の中心にいたいと思うときもあるし、内側から自分が自分を信じている時に世界は私を中心にして眺めた世界なんだと割り切れるときもある。今ここで、アンバランスな自己愛から「揉み返し」を食らうのか俺は?辛酸ナメナメなのか?あー!!!!!!

 

自分の中の乖離を抱きしめながら自転車を駆る帰り道。思春期の乙女の髪は、西日に輝いている。