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根が深い。

ネアカとネクラな世界を行き来する陰陽師。

境目をつかう人になる

肩こりがひどくて。昨日テレビで「痛みは脳に痛みを感じやすい回路が出来上がってしまっているので、脳をだませばよい」らしく、「脳に報酬を与えれば和らぐ。例えば、好きな人の写真を見るとかでよい」と言っていた。

それを見て、「そんなカンタンなことでいいのかよ!」と思った瞬間に痛みが少し和らいだ。脳って単純だ。なので、好きな音楽を聴きながら寝た。たしかに、好きな音楽を聴いていると肩こりは感じなかった。

 

脳が、「痛みを感じる私」、「痛みの癖」をつくっているんだそうだ。

肥満の人は鬱になる傾向があるらしい。なぜならば、肥満の人は身体への負担が強いため痛みを感じやすく、痛みを感じやすい人は、鬱になりやすいということだそうだ。

 

鬱を気合で直すことは難しいかもしれないが、痛みくらいなら消せるかもしれないと思った。だから、その「脳の癖」を考えてみる。

 

境目が色々なところにある。

職場、家庭、趣味サークル、飲み仲間、行きつけの店、いつも座るカウンター席、自分の家、自分の部屋、河川敷、高架下、自分ひとりの時間、お母さんの味噌汁、愛着のある枕、お気に入りのアクセサリ、辛い経験をしたあの場所。

場所、時間、ものなど、「自分にとって固有なもの」がある。その周りに「ここから、ここまで」という線みたいなもの、「境目」があると気づいた。

 

脳の癖って、「境目」じゃないかしら。その境目に接近すると、具合が良くなったり、悪くなったりする。

 

「境目」について考えてみた。

 

1.境目をつくる、境目を消さない

むかし、「3つ大事な場所を作れ」というのを聞いたことがある。例えば、「家庭、職場、地元の友達」とか、「不倫相手、子ども、いつもの居酒屋」とか、「湘南の浜、図書館、家のトイレ」とか、「村上春樹の新作、半身浴、逆ナンパ」とか。書いてたら楽しくなってきた。なんでもいいのだけど、身体的負担・経済的負担が少なくて、かつ幸福度の高いものがあるといいのかもね。

3つを作っておけば、どれか1つで辛い思いをしても他の2つに逃げればよいということ。そして同時に3つを交わらせるなという戒めでもある。例えば、「地元の友達と、職場の同僚が、偶然自分の知らないところで(例えば草野球チームとか)で知り合ってしまうと、“職場の私”と“地元の私”が、統合されていく」ということ。3つだったものが、徐々に境目を失い、2つになっていくということ。

大事な人同士を結びつけるのは楽しいことだけど、境目を失うことは少し不安でもある。

 

2.境目を無視する

境目は、あくまで「場所」をつくるだけで、「居場所」を創ることではないと考えます。その「その場所の価値観」が変われば、居心地の良かった場所は、一転、居心地の悪い場所へと変わり得る。

しかし、人は「(目に見えない)居心地」に従うのではなく、「(目に見える)場所」に従ってしまう傾向があるんですね。

 

「場所」とは、自分が思っているよりも脆いものだからこそ、今まで守っていた価値観すなわち境目に気付き、それを無視していく作法が、「境目を使う」の真骨頂だと考える。どんなとき、境目は消えるのか。

 

・結果を気にせず、満足感だけで動いたとき

・周囲の期待を無視したとき

・いきなり完璧を目指さず、小さいハードルを一つずつ超えることに集中したとき

・「普通」を目指さず、生きてればOKと思えた時

・絶望しきって、やりたいことが見えたとき。(絶望にもパワーが必要で、生きてるあかしだと思うから、絶望は悪いと思う)

・周りに何かを言われても、気にならないことをやってるとき

・肩こりが消えるものを見つけたとき

 

そんな感じです。