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根が深い。

ネアカとネクラな世界を行き来する陰陽師。

失敗していい

中国に胡蝶の夢という説話があって、ある思想家が「蝶々になって長い年月を過ごした夢を見ていた。でも目が覚めた今、蝶々である自分が人間として過ごしている夢を見ているのかもしれないと感じた。夢か現実か、わからなくなった」と話したとかいう。

私が今生きているのは、真実の人生だろうか?真実であってほしい/夢であってほしい。そう強く願っても確かめようがないのだから、どこまで考え抜いても儚い。

 

多くの人が苦しみの少ない人生、修正可能な範囲の、正しい人生を歩きたいと願っている。私もたまにそう考えます。これ以上何かを失うことを恐れています。

だから今は、過去には失ってしまったことを振り返るのはやめようと思うように、まだ失ってないものについては深く案じないようにしています。

どうせ儚い人生なのだから、少しくらい踏み外していい。元いた場所に戻ってこないといけないと決め込む必要はない。

 

 

病気になったころ、仕事も結婚も途中やめにして、縁のある方にもまともに挨拶することなく、実家で休み始めたころ。やはり不安になってきて。

今実家で過ごしている自分はオフ。いつかは再びオンの自分になるのだと考えていました。「恥ずかしい無職・無生産の毎日から抜け出して、再び日の当たる道を歩いていきたい」と、焦ることなく、ゆるく期待していました。

 

それから日々、同じ日々を過ごして考え事を進めていくうちに、オンとオフという発想では上手くいかないような気がしてきたのが、ここ最近。

 

日々間違いながら、少し他人を羨んだり、自分を情けなく思ったりしながら、それでいて自分を自分で壊さないように自分を慰めて、ブーランブーラン振り子のように、自分の心の弛みを大切に生きていくのが良いような気がしてきた。

 

帰省してから、平日は晩ご飯を毎日つくっている。今までまともに自炊をしたことない私が、包丁を毎日握っている。両親は美味しいと食べてくれる。

先日明らかに失敗して、特に深いことは考えず「今日は失敗だな」と言ったけど、親が一瞬困惑していたことに私は気づいていた。

 

大丈夫だよ。失敗の練習中だから。